2008.05.07 Wed
日清食品から本日新発売になったカップ麺【ガテン系まぜそば 215円】。

こちら何と!
監修担当が、我らが「ジャンクガレッジ」の店主・高山竜なんですよっ!!

パッケージのコピーは、
『男なら本気で混ぜて、ガツンと食え!』
だけど…
いやいやいや!
女性にもお薦めです(^ー゚)b
僕は今夜コレをつまみにビールですよ(^ー゚)ノィョッ!
2007.06.03 Sun
今日はとっても可愛がってもらった「中華そば 奥村屋」店主・奥村功さんのご命日。
1年経つのって本当に早いです。
そんな日に奥様から故人と親しかった人達の集まりにお誘い戴き、
三田のアンチャソと2人で行ってきました。
三田のアンチャソは奥村さんの存在がなければ生まれることのなかった、
「六厘舎」辛つけの辛味と海老玉を仏前にお供えしましたヽ(´ー`)ノ
みんなで奥村さんがお元気だった頃の思い出を語り合い、本当に楽しい夜だったヽ(´∇`)ノ
写真など見せて戴いたりもしたのですが、
その中のこの一枚ヽ(´ー`)ノ

とても懐かしいエピソードを思い出しました。
それをお話します(^ー゚)b
これは新柏で自家製麺での再スタートを6日後に控え、稲毛海岸で行われた
ra2イベント時の写真です。
浅草開化楼の麺箱が見えるでしょう(b^ー゚)♪
自家製麺なのに何故?┐(゚〜゚)┌
実はこれにはちょっとしたワケがありました。
松戸のお店の突然の閉店から音信不通になって暫く、
知人から「奥村屋」復活の報を聞き、元気でいらしたことの喜びに居ても立ってもいられず、
店舗改造中だった新柏のご自宅に駆け付けた僕でした。
もちろん事前に自家製麺の情報も聞いていましたが、正直そんなことはどうでも良かった。
ただ元気で再び会えたことの喜びを分かち合いましたヽ(´ー`)ノ
余談ですが…、
その時に持っていったのが、2度と会えないと思っていた奥村さんに食べてもらいたくて作った麺、
後の「六厘舎」の麺(前鎖国麺。現在のじらい屋【rifle】)でした。
その麺を誉めてもらえたことが現在の僕の礎になっています。
その時、店舗再開後の再訪を約束し別れた僕に、数日後奥村さんから電話が掛かってきたんです。
『カラスくん、実は一つ言いにくいお願いがあるんだけど…』
「何ですか?なんでも言ってくださいよo(^-^)o」
『俺、自家製麺だろ?実は麺箱を持っていないんだ。
数日後にイベントが控えてて、家で打った麺を運ぶのに、当日までにどうしても必要なんだ。
ホントに悪いんだけど、良かったら何枚か分けてもらえないかな?』
「ま、マジすか。……分かりました。何とかしますよo(^-^)o」
とは答えたものの、そんなこと会社には頼めない(;-_-)
『何で自家製麺始めた野郎に麺箱くれてやらなきゃいけないんだよ?!』
と言われるのがオチだから(Θ_Θ)チーン
そこで苦し紛れの妙案を閃いた(^!゚;)チーン
「奥村屋」と同じ、新柏の「麺屋 花形」の池澤店主に電話で懇願したのです。
「池澤さん、大変申し訳ないんですけど…。
お届けしてる浅草開化楼の麺箱ね、明日から毎日1箱ずつパクってもらえませんか?」
『…は、はぁ?!!!』
「実は赫々然々で(;-_-)で、5枚程蓄まったら…、
それを更に奥村屋まで運んで欲しいんです(^_^;)」
『そ…、そこまで頼みますか』
「はぁぃ(Θ_Θ)チーン」
『………わ、わかりましたよ( ;゚∀゚)ノ』
「ヽ(´ー`)ノんーでは共犯てことで。お主も悪よのぅ…」
『………(;-_-)』
「なるべく綺麗なヤツでね!ガチャ」
『 (゚д゚)ポカーン 』←きっとこんな感じではなかったかと(^_^;)
…とまぁ、そんな経緯で奥村さんの手に渡った麺箱だったのでした。
今こうして改めて見てみると、ホントに新品同様の箱だよね。
共犯の池澤さん、律儀だなぁ(ノ∀`)アチャ-
…しかし。
すっかり完全犯罪と思われた、このカラスの麺箱横領事件
(あくまで計画犯であり、実行犯は「麺屋 花形」池澤店主)←(爆)
…は、思わぬところで公のものとなったのでありました(゚o゚;)
翌年のとある朝(時効前)。
社長が僕の顔を見るなりこう言ったのだ。
『おい、カラス。昨日奥村屋がTVに出てたらしいぞ』
「ヘー(´・∀・`)マジすか」
『それと一緒にな、ウチの麺箱が映ってたっていうんだよ…』
「( ̄▽ ̄;)!!」
『…さぁ、どういう訳だか説明してもらおうか』
「(Θ_Θ)チーン」
慌てて隠れて(・_・|「ヤバいですって!」と電話したけど、所詮後の祭り_| ̄|○
奥村さん、苦笑いしてたっけ(^o^;)
今となっては最高に良い思い出ですヽ(´∇`)ノ
2007.06.01 Fri
エ━━━━ッ?!((((((゚o゚;))))
最初に三田のアンチャソからその話を聞いた時は、我が耳を疑いました(;゚д゚)
大切な存在の、思いもかけない人から、
『Junk Garageのまぜそばっていうのを食べてみたい』
と仰って戴き、店主・高山竜と2人で行ってきました。
その、大切な存在の人とは…

「東池袋大勝軒」山岸一雄マスターo(^-^)o
Junkなまぜそばを見たら、思わずビックリされるんじゃないかなぁって不安だったけど、
とても喜んでもらえましたヽ(´∇`)ノ
現役を退かれても些かも衰えることなく、なお更に燃えさかるラーメンへの飽くなき情熱に、
2人は心から感動しましたヽ(´ー`)ノ
『これだよ、これ。面白いんだねぇ』
形状も生地も違う2種類の混合麺にも凄く興味を示してくれてヽ(´ー`)ノ
毎朝自分自身が取り上げる麺…、
更には形こそ違うけど、
マスターの直弟子「東池袋大勝軒 いちぶん」で使われてる【q=(^ー゚)チーメン】を、
実際にマスターに食べてもらえたことは、ボクにとっては本当に感慨深かったですヽ(´∇`)ノ
綺麗に全部平らげてくれたもんね!o(^-^)o
高山くんも、本当に感動したと思います。

この瞬間、ホントに良い顔してるでしょ!(b^ー゚)♪
…いつもは写真映り悪いのに(´,_ゝ`)プッ
『いやぁ本当に美味しかったよ!ありがとう』
『ありがとう』って、ホントに素敵な言葉です。
2007.05.13 Sun
オレが浅草開化楼の工場勤務になって早4〜5年…(忘れた)。
誰にも譲らず、ずっとやってきた仕事が一袋(25k)ミキサー用の小麦の配合。
『石の上にも3年』と言うが、マジで3年目くらいまではとにかく苦痛の種だった。
朝から顔や頭はモチロン、身体じゅう真っ白になる(Θ_Θ)チーン
「こんな粉ジジイみたいな仕事やりたくもねぇ(゚д゚)、ペッ」
ずっと思いながらやってたが、今は楽しくて仕方がない。
実際、この毎日同じ事の繰り返しが嫌で、小麦粉で遊びだしたのが自分の麺づくりのきっかけ(^ー゚)b
配合の担当だったからこそ今まで色んなカラス麺が生まれてきたワケだし、
思いつきでサンプルを作ってもそれなりのモノが出来上がるようになったのだヽ(´ー`)ノ
ちなみに今は毎日手作業で25袋程のブレンドをしています。
さて。
その事件は今朝唐突に起きた。
前日の製造分で工場ストック分をピッタリ使い終えていたタピオカ粉を倉庫に取りにいったら…、
無い(Θ_Θ)チーン
いやいや、無い訳がない。
もう一度探してみると…、
やっぱり無い エーッ?!(゚o゚;)
いやいや、やっぱり無い訳がない(^_^;)
仕入れ担当者に聞きにいくことにした。
「ねーねー、タピオカ倉庫に無いんだよね┐(゚〜゚)┌」
『( ̄□ ̄;)!!わ、忘れた。頼んで…ないよ_| ̄|○』
今日は日曜日。
問屋関係は全て休みである((((((゚o゚;))))
一瞬頭が白くなりかけたが、気を取り直して業者名を聞くと、幸い僕と懇意の問屋さんで。
担当の三井さん【
参照】を叩き起こした(起きてた?)。
基本的に不可能と言われたが何とかしてくれと頼み、折り返し電話をくれることになった。
一旦電話を切り、最悪(無いまま)の場合にどうするかを考える。
よりによって、今日はタピオカ粉を使う麺帯ばかりが製造のラインナップ_| ̄|○
六厘舎を始め4種類(;-_-)全部で8袋もあるのだ(Θ_Θ)チーン
…とは言っても、微量なんだよ。25kに対してg単位の配合だから。
ぶっちゃけオレ的には「効くもんか」と思ってる(´,_ゝ`)プッ
いっそのこと、
抜いちゃうか?( ゚∀゚)ノィョーゥ
…などとも思うのだが、万が一違うモノが出来上がらないとも言えない。
いや、思いつきでいい加減なことは出来ない(;-_-)
アミロース含量がほぼ同じものなら打ち粉に使ってる挽き直しの甘藷澱粉があるが、
麺への練りこみは試したことがないので恐い(;-_-)
さぁ、どうする?┐(゚〜゚)┌
思いあぐねたその時、待望の電話が鳴ったヽ(゚∀゚)/
『何とかなりましたので!私既に練馬の倉庫に向かって走っております。
9時には私の会社の方に戻れる筈です。ただ、先程お話しましたように来客がありますので、
開化楼サンまではお持ち出来ないんです。私の会社の近くまで出てきて戴き、合流出来ればと…』
「全然オッケーですよ!ホントにありがとうございました!!」
こうして、最大の危機を脱したヽ(´ー`)ノ
9時に先方の会社の傍で合流して粉を受け取る約束で、電話を切った。
さて、そう約束はしたものの…。
今日は日曜で社員の休みが多くて工場内は人手不足。出来れば1人でも表に出したくない。
…と。
あらぬ考えが閃いてしまった| ゚∀゚)ノピーン
三井さんの会社、丸木商事は文京区。
ウチのお客さまなら「つけめん TETSU」のご近所で、良く食べに行ってくれている。
哲チャソとはすっかり顔馴染みだ(^ー゚)b
…で。
哲チャソに電話した。
「カクカクシカジカ…マジ大変でしたよヽ(´ー`)ノでね、9時に哲チャソとこの前で受け取ることになったんです。
で…」
『で…?』
「……………。」
『………で、オレに持って来いと(;-_-)』
「いやぁ、そんなこと、悪くて言えないですよ」
『またまたぁ!!良いですよ!どうせそっち行くんですからo(^-^)o』
「えーっ!マジ?!お願いしちゃっても良いんですか?」
『(^ー゚)b良いですよ!…ところでカラスさん』
「…ハイ?( ゚。゚ )」
『その粉って…ウチの麺にも入ってるんですか?』
「(;-_-)や…、やだなぁ!【q=(^ー゚)チーメン】は小麦とかんすいだけなんだから、
入ってる訳ないじゃあないですかぁ!!」
『…………デスヨネ(;-_-)』
「で(^o^;)でもね、六厘舎の麺には入ってますから!!」
『……てことは、オレ…完璧にパシリですよね?(;-_-)』
「………は、はは(^_^;)」
そして哲チャソはボク等の危機を救ってくれた。

いつもの笑顔で、浅草開化楼まで粉を届けてくれたヽ(´∇`)ノ
普通なら、いつも麺を取りに来てもらって悪いから、
そっちに行く用事があるので今日の麺はこちらからお届けしますよ、だ。
それが当たり前なんだ。
ぶっちゃけオレは、こんなネタにする為だけに哲チャソを使った。
そんなことはモチロン、先程の電話のやりとりさえも、
哲チャソは全て解った上でボケてくれているヽ(´ー`)ノ
そう。
オレは哲チャソには何でも打ち明けられる。無理を言える。
そしてそれは、彼も同じだと思う。
三田のアンチャソ同様、かけがえのない存在なんだよ。
さて。
オレはそろそろ、今まで敢えて黙ってきたことを核心まで話そうと思う。
これまでオレも姑息に名指しを避けてきたが、もう良いだろ。
小出しにしてきたパズルを組み立てようと思う。
哲チャソとの出会いから今までを、綴ってみる。
そこにオレの三河屋製麺批判の真実がある。
これで最後。
最後にして最大の爆弾だ。
ラーメン屋と製麺屋がどう関わっていくべきか、オレが教えてやる。
タイトルは、
今こそ「TETSU」の真実を語ろう
だ。
告知も含めてネタは溜まってるし、かなりの長文になると思う。
この題のエントリーが始まったら、徐々に上げていく感じになるかもしれない。
まぁ、追加したらその都度上げるから。
アクセス上げて待っててよ(^ー゚)b
2007.05.11 Fri
遡ればこのblogを始めた2年前、2005年の6月にオレは初めて三田のアンチャソに会っている。
初エントリーのタイトルは【
新たなる仲間】。
そう、このblogはオレと三田遼生が駆け抜けてきた時の軌跡でもある。
お互いに、こんな小さな業界の中でさえ、本当に全くの無名だった。
今じゃ全く知らない奴にさえ馬鹿だの死ねだの言われてる。
言われるだけ、幸せと思うよヽ(´ー`)ノ
あの時『新たなる仲間』と喩えた男は、今ではかけがえのない盟友だ。
きっと誰よりも頻繁に会っていると思う。
それは女房やjunZiさえもが嫉妬するほどに(笑)
肌に触れるのも嫌だが(爆)きっと相思相愛なんだと思う。
そこには利害関係を超えたものがある。
「奴の為なら」
互いにそう感じてる筈だと、少なくともオレは思ってるし。
だが本来、オレはラーメン屋と製麺屋の関係はそうあるべきだと思う。
全てのお客さまに対して、そうあるべきなんだと。
オレは器用ではないし、どっちかと言えばいい加減な人間だ。
出来ることと出来ないことがあるから、担当店はもういらないと。
だから、姑息な計算もあるが自分から営業を降りると言った。
それでも自分を必要としてくれる人がいるならいつでも飛んでいきたい。
その気持ちは全く変わらない。
少し脱線したね(笑)
三田のアンチャソと一緒にいる時間が多いのは、何も「六厘舎」が大切なお客だからって訳じゃない。
彼がそれだけオレなんかを必要としてくれるからo(^-^)o
人よりマメに連絡をくれるからってだけなんだ(^ー゚)b
…とか言うとjunZiが怒りそうだけど(´,_ゝ`)プッ
今もその状況は殆ど変わらないが、
昨年くらいから浅草開化楼への新規の問い合わせは物凄い数で。
その9割以上が『六厘舎の(ような も含)麺が欲しい』というものだ。
オレはそのたんびに断ってきた。
何も三田のアンチャソとの間に取り決めがあるわけじゃない。会社だって同じ麺を売れる方が楽だろう。
しかし周りを見渡してみりゃ、製麺屋はそんな営業ばかりやっている。
オレは六厘舎で商売はしない。
ただそう決めただけ(^ー゚)b
一歩ずつ、一緒に登ってきたんだ。一緒に作ってきた麺だから。
それが六厘舎の【鎖国麺】。
オレはいつもそうやって自分を追い込んでいく。
会社の為にも、【鎖国麺】に負けないものを作らなければいけない。
そうして生まれたのが【q=(^ー゚)チーメン】だよ。
実際どうだい?
凄まじい勢いで売れているんだから( ゚∀゚)ノィョーゥ
とんでもない笑い話だが、
三田のアンチャソがTETSUで【q=(^ー゚)チーメン】を食べた後にオレに慌てて電話を入れてきたことがある。
『い、一体何なんですか、あの麺?!やたら美味かったんですけども…』
って(^_^;)
「…は?(゚Д゚ )何言ってんの!アンタんトコのラーメン用の麺だよ!!」
(Θ_Θ)チーン
でしょ?
実際この時は「してやったり!」と思ったもの( ゚∀゚)ノィョーゥ
…てまぁ、会社の商売の為にフォローもしとくけどね、
「六厘舎」が初めてメジャーになるきっかけになった2006年版石神セレクション、
この当時の【鎖国麺】はとっくに開国してるんだけどね(笑)
石神 秀幸
双葉社 (2005/10)
売り上げランキング: 234771
どーいう訳だか、つけめんで使ってるトコはないんだよね┐(゚〜゚)┌ あー勿体ない(笑)
そうそう。
長話のついでに一つお願いしとくけど。
つけめんの麺はさ、まず麺だけで食ってくれよ。
そうすりゃオレみたいなバカでも明らかな違いが分かるから。
先日GWの中日、5月2日にまた暫らく振りに「六厘舎」でつけめんを食べた。

やっぱり自分の信念を貫いてきて良かったなぁと思ったよ。
この汁に、この麺。
それはオレ等2人の分身ですヽ(´ー`)ノ
さて。
その日から遡ること9日前の4月23日(月)、六厘舎は『スープ不出来』による臨休で店を閉めた。
その前々日くらいからどうにもスープが安定せず、苦渋の決断だった。
せっかく足を運んでくれたお客さまには本当にご迷惑を掛けてしまったけれど、
シャッターの中ではあの男が懸命に闘っていた。
心配で臨休当日に駆け付けた時は、既に店での泊まり込みが2日目で。
一体何本のスープを捨てたことか…。
何も出来ず、ただ一時居ただけのオレの帰り際、三田のアンチャソは笑いながらこう言った。
『じゃあ、また明日!』
話半分で翌日昼まで工場に入った後、念のために電話をしてみると、
『来てくれるんですよね!』
オレが行ったって何もすることないのによーと思いながら駆け付けてみると、
本来定休日のシャッターの中は、ある意味衝撃的な光景だった。
寸胴の前に立っていたのは、三田遼生ただ一人。
他には誰もいなかった。
誰に頼るでもなく…。
そんなの当たり前だと言う人もいるかも知れない。
でもオレはスゲーなぁと思った。
その時に前夜から炊いていたスープも駄目だった。
次のラストチャンスをものにして、翌朝「六厘舎」は店を開けたのだ。
朝からどうしてもその経過が気になって、開店の1時間前に電話した。
『起きませんね…』
スープの完成を見届けて、三田のアンチャソは死んだように眠りに堕ちたという。
シャッターが開いた瞬間は、きっと泣いていたんじゃないかな。
2007.03.26 Mon
よく、らーめんの麺は寝かせた方が、つけめんの麺は切り立てが美味い、なんて言います。
僕らの立場からすりゃ、
「んなこたぁねーよ!」
て言いたいトコ┐(゚〜゚)┌
けど、実際1日冷蔵庫に寝かすと、翌朝包装前の麺の上に敷いたビニールシートには、
( ̄▽ ̄;)!!ビックリする程の結露が付いている。
当然それは麺から出てる訳で、つまりそれだけの水分が飛んでる訳だから、
切り出したまま寝かせずに茹でれば、それはより瑞々しい上がりになるだろう。
案外『滑らかか否か』ってトコにも関わってくるんじゃないかと思ってるよ。
理想っちゃあ理想だよね。
話を一旦逸らします。
現在の浅草開化楼の製造ラインで、着々とそのシェアを伸ばしているのが何を隠そう【q=(^ー゚)チーメン】で。
開発当初は何とか1日1回は製造出来るようにとスタートしたのだけど、今や1日平均3回!w(゚o゚)w
4回製造もザラである(=゚ω゚)ノぃょぅ
【q=(^ー゚)チーメン】は1回を3袋(75kg)で回すから、毎日粉だけで225kg以上を製造しているわけ。
形状もラーメンに用いる細麺まで多岐に渡るから、翌日出庫の在庫の読みも中々難しい。
3回では足りないが4回では少し多すぎる。…なんて状況も往々にしてあるのだ(;-_-)
そういう場合にどう対処するかと言うと、
形状ならつけめんに用いるもの、お客さまなら開化楼から近い店が犠牲になる(^o^;)
やりくりが付けば【q=(^ー゚)チーメン】の製造順を繰り上げて、配達が出発するまでに間に合わせたり、
間に合わなくても近場なら、営業開始前までに工場の誰かが持って行くような段取りをつける。
「東神田らーめん」
そして、
「つけめん TETSU」
この2軒が大抵その割りを食う(-_-、)チーン
さて。
そんな状況が生まれだした当初こそ、
「今日は申し訳ないけど切りたての麺でヨロシク!」
と断っていたのだが、余りにもそれが頻繁になってくると、
「まぁ判るべ」
と、すっとぼけて黙ってたりするようになる(・_・|
先日、車で出た帰りにちょうど営業を終えた「つけめん TETSU」の前を通り掛かって。
せっかくだから哲チャソと少し車の中で話すことにしたのだが…、
いきなりこう切り出された。
『カラスさん、今日の麺て【切り立て】ですよね?』
「えっ(゚o゚;)あぁ、そうですけど(;-_-)」
『やっぱりヽ(´ー`)ノ全然違うんですよね!』
「はぁ…なるほど( -_-)」
『あのぅ…』
「………(゚Д゚ )ハァ?」
『ウチの麺、毎日切り立てになりませんかね?』
「あー無理です!!だって配達する人居ないもん(´・ω・`)ショボーン」
『そーですかぁ_| ̄|○…そこを何とかなりませんかねぇ…?』
「いやぁ、毎日取りに来てくれるなら可能だけどねー(=゚ω゚)ノぃょぅ」
『エーッ?!(゚o゚;)マジすか?!』
このやりとりがきっかけで、浅草開化楼は「つけめん TETSU」に配達をしなくなりました(Θ_Θ)チーン
…てね、
違うんです(^o^;)麺はそのままなんですよ!
配達する業者(?)が代わるんです。
それが、

【小宮製麺】(Θ_Θ)チーン
正確には【小宮物流】でしょうか(^o^;)
哲チャソはどうしても【打ちたての麺】にこだわりたく自ら毎日麺を取りに行きますからと、
軽バンを買ってしまったのです。
ぶっちゃけ、バカじゃねぇの?!と思う。
でも、バカは時に誰より素敵です(^ー゚)b

『お客さまにより美味しいつけめんを食べてもらいたいから』って、
この男、本気なんです。
何だか凄く悪いことをしてしまったと思う…。
オレに出来ることはせめて、改めて彼の理想の形状を用意することくらい(^ー゚)b
そういう訳で、定休日明けの明日3/27(火)から、
【小宮製麺】(笑)が運ぶ新形状の【q=(^ー゚)チーメン】で
毎日切り立て( ゚∀゚)ノィョーゥ新たな「つけめん TETSU」のつけめんが始まります(^ー゚)b

(-_-、)チーン
2007.02.10 Sat
昨年12月4日に東十条「玄蔵」を開店し、ついに店主として現場復帰を果たした田中玄さん。
それはまさに『這い上がってきた復活』でしたヽ(´ー`)ノ
しかし、そのイメージを振り払うくらいの恵まれた環境での再スタート(゚o゚)/
全改装した立派な店舗(^ー゚)b
少し狭いけど綺麗な調理場内には、即戦力に成り得る常時3人程のスタッフがいました。
しかし、それだけに様々な意見が錯綜しているようにも思えました。
この再起の急務はまず、玄の味を完全に復活させること。
経験はあっても全てを委ねることの出来るスタッフなのかの見極めがボクには出来ませんでした。
事実、開店当初玄さんが離れた状態の現場とは、意見のキャッチボールが上手く出来なかったし。
一歩退いて見ていることにしたんです。
不遇の時も見ているから、人一倍頑張って欲しい気持ちが強い。
玄さんとボクはたまたま家が近所で、子供が同じ小学校に通ってる同士だったりの不思議な間柄。
気心も知れているし、何かあれば言ってきてくれるだろうと(^ー゚)b


お恥ずかしい(;-_-)
「玄蔵」は3社3種類の麺を操り、開化楼はつけめんの【q=(^ー゚)チーメン】だけを卸してきました。
先日、玄さんから連絡をもらい、久々に「玄蔵」に行きました。
調理場に立っていたのは、玉の汗をかいたハゲ頭(^ー゚)ただ一人きりでしたヽ(´ー`)ノ
やはり現場がいちばん似合います。何より自然だもの(^ー゚)b
玄さんは余分な贅肉を削ぎ落としもう一度、まずは一人で再生していく意志を決めたそうです。
スープも開店当初とは明らかに別物でしたヽ(´∇`)ノ
そしてこの度、
【玄流白湯麺 780円】

つけめんの【q=(^ー゚)チーメン】に加え、白湯系のメニューにも既に浅草開化楼麺が導入されてます。
1種類で凝り固まるのは嫌だしスープが良いので、麺はオーソドックスな多加水生地でスタートしてたんだけど、
今日ボクも改めて食べてみて、玄さん自身のモヤモヤとも意見を合わせ、
改めて、こちらも今の麺と同形状の【q=(^ー゚)チーメン】でいくことになりました。
みなさん、どうぞヨロシクお願いします。
そしてそろそろ、玄の『醤油』も復活を迎えるようですよ(゚∀゚)b
こちらにはまた別の麺の提案をしたいと思ってますo(^-^)o
お楽しみに(b^ー゚)
2007.01.25 Thu
行ったのはOA前なんだけどね(^o^;)
『カラスの本当に美味しそうに見えたラーメン ベスト〇〇 2007』第3弾は!(`・ω・´)シャキーン
文京区湯島「らーめん 天神下 大喜」です(^ー゚)b
2006年も昼夜織り交ぜ何度か行かせてもらいましたが、
夜の部開店直後を狙ってついに食べることが出来ました!ヽ(゚∀゚)/昼夜30食限定の【とりそば】!
っていうより、【新とりそば 830円】!!

オーラ出てるな(;-_-)
前作との変更は鶏そぼろと刻み春菊…だけだっけ?定かではないけど、素直にぶっちゃけます。
えー。。。
やはり最強の塩らーめんではないでしょうか。
以上(Θ_Θ)チーン
久々に衝撃が降臨しました。それも、実に穏やかなる衝撃だから困るんです_| ̄|○
叩きのめされました。
この麺も、一体何なんだろう…。
『大喜みたいな麺!』
みたく言われますが、コレは無理ですよ|(-_-)|
側に付いて習うしかない。
武川さん、小麦粉と遊んでるんですから!
麺を作ることに喜びを感じてるのが解る仕事。なるほど奥村さんが多大な影響を受けた筈です。
さて。
敗北感に項垂れてスープを飲み干し、思わず何もかも忘れて帰ろうとしたボクに、
『カラスさん、すぐに行くから表で待っててよ』
と武川さんヽ(´ー`)ノ......
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2006.12.28 Thu
「じらい屋」のオヤジに別れを告げ、浅草開化楼の麺を携え正月秋田で自作ラーメンを振る舞うという
腹とかげチャソに、切り出した大量の麺を託すべく待ち合わせの場所に向かった。
待ち合わせた場所は、
六厘舎…。
思えばオレ…、
浅草開化楼 負死鳥カラスの2006年は紛れもなく「六厘舎」と共に駆け抜けてきた1年だった。
5月25日には、充分に好評を得ていたそれまでの麺を捨て、新たな配合を施した新麺にスイッチした。
新麺は改めて【鎖国麺】と打ち出した。
いつも共に考え、悩み、一緒に昇ってきたから、この麺で商売はしないと決めた。
ある意味、テメエで自分の首を絞めている(笑)
事実、今年浅草開化楼への新規の問い合わせの9割以上が、
『六厘舎の麺が欲しい』
だったから。
そこで突っ張り続けるパワーが、つけ【麺】への別提案、
小麦粉とかんすいのみで打った【q=(^ー゚)チーメン】の大ヒットへと繋がったんだと思う。
面白いエピソードがある。
先日、三田のアンチャソが年明けから新形状で臨む「つけめん TETSU」の新麺を食べさせてもらったらしく、
その後でボクにこう聞いてきた。
『いやぁ、哲チャソとこの新麺食べさせてもらったんですけど、何ですか?あの麺。美味かった(-_-、)チーン』

「アンタ、何言ってんの!【q=(^ー゚)チーメン】ですよ。アンタんトコの、中華そばの麺だよ!!」
ってね(笑)
オレからすりゃ、まさに「してやったり!」だよね(^ー゚)b
春先に「六厘舎」出身の、鴻巣「次念序」の佑太と一緒に【昆布麺】を作ったのも思い出深い。
何だかとてつもなくデカイ存在になっちゃってw(゜o゜)w
でもこうして、「六厘舎」で共に過ごした仲間が頑張っているのは、何にも代えがたい喜びだヽ(´∇`)ノ
12月の慌ただしい中で、三田のアンチャソがまた麺に注文をつけてきた。
そう、【鎖国麺】にもまた少しずつ手を加えていくことになるかもしれない。
今日より明日…、常に先を見て駆け抜けてきた。
この2人3脚は、ずっと続いていくのだろう。
とかげチャソ達とバカ話に興じつつ、ふとそんなことを思い浮べ、
15時を大きく回りながらの2ロット待ちw(゚o゚)wを経て店内に。
随分久しぶりになる。
【辛つけめん 大盛り味玉】

話には聞いていたけれど、つけ汁の味が大きく変わっていた。
三田遼生…。
またこの男はアッサリと今までの自分の味を捨てている。
にも拘らず一体何なんだ?この安堵感は?!
明らかに味が変化しているのに、
「あーこれだ!六厘舎のつけめんだ!」
って思ってる自分がいる。
きっと揺るがない何かが、あるんだな。
そう思う。
この男、また助走に入りやがった┐(゚〜゚)┌
年の瀬のバタバタしてる中でも、恐ろしい位の向上心を見せてる。
図りきれない。
何処まで行く?
…って、オレも一緒にです?(;-_-)
オレの今までの人生で、ここまでの男はそういねぇもん。
三田遼生。
この男、どこまでも止まらない。
ところで(^ー゚)/
【ガサツな男のつけめん】に、気付けばたくさんの女性も虜になっている。
三田のアンチャソったら、あんなデカイ図体で年明けからは食後のデザートまで考えてるようで?!w(゚o゚)w
驚かないでよ?
三田のアンチャソが一緒に飲んで意気投合した!
「なんつッ亭」古谷一郎サン公認!!

【へなちょこアイス 250円】だ!キタ━━ヽ(゚∀゚)/━━!!!
※味はバニラ、杏仁、ブルーベリーヨーグルト、マンゴーの4種類
では【へなちょこアイス】販売に先駆けて、三田のアンチャソからのメッセージをお伝えします。
『気合い入れてへなちょこにするんで、うまいぜベイビー』
最後にそれに対してのボクのメッセージで締めましょう。

「冬なんだぜベイビー ┐(゚〜゚)┌」
三田のアンチャソ、2007も一緒に駆け抜けようぜ!(^ー゚)b
2006.12.21 Thu
オープン以来2週間以上振りにやっと来れましたヽ(´ー`)ノ
「玄蔵」 北区東十条1-22-6(南口徒歩5分) TEL 03-6276-2246 ※水曜定休
まず誤解のないようにお断わりしておきますが、
浅草開化楼製の麺は【つけ麺】用の【q=(^ー゚)チーメン】だけです。お間違えないよう(^ー゚)b
一昨日玄さんから『つけ麺の評判がかなり良い!』とメールをもらって、
今朝電話で話したところスゲェ元気な声!(=^▽^=)ちょっとした頼まれごともあってね(^ー゚)b
しかしながら今日は早くから予定が詰まってたので、タイミング良く目の前にいた男の確認も取らずに、
「今日はコイチャソに行ってもらいますね!」
と電話を切った。
『自分…何勝手にオレの予定決めてんの?(;゚д゚)』
「【燦燦斗】行きたかったんでしょ?ちょうど良いじゃんか!」
『(Θ_Θ)チーン』
ということで朝から都内をグルグルと回っていたボクだったが、
何とか昼の部終了前に間に合いそうだったので、コイチャソを迎えがてら、
やっぱり直接顔を見に行くことにしたんだ(^ー゚)b
ようやく固まったコラボメニューヽ(´∇`)ノ

店前にはお馴染み!(^ー゚)玄さんお手製のチラシを貼って告知してくれていた。
店に入ると、当たり前のように玄さんが厨房にいる。
改めて思ったが、この人はこうやって一杯の丼に向かっているのが一番自然だし、恰好いい(゚∀゚)b
【玄流つけ麺(白湯) 780円】

和風系にも寄らず、鶏が強めの動物系白湯のみで甘辛酸にも全く頼らないつけ汁だが、
物足りなさなど微塵もなく、実に力強い!(゚∀゚)b
清湯系も試食させてもらったが、スタンダードはこの【白湯つけ】で決まりじゃないかな(b^ー゚)♪
休憩時間に入り、コイチャソも加わって、3人で外に出た。
何だか懐かしいねぇヽ(´ー`)ノ
東十条の街に、いつかどこぞで聞いたような3人のバカ笑いが響いた。
ネタになったのは、玄さんお手製のチラシ。
良く読めば自分のことを【不死鳥】に例えて【負死鳥】のボクと並べてるし(´,_ゝ`)プッ
浅草開化楼の字は開花宣言しちゃってるし(爆)
「いっそのこと、ずっとこのまま行っちゃいましょうよ!」
『そうだねぇ!ガハハハ』
ってことで記念にパチリ。
最後に苦言を呈してこの項を締めましょう。

そんな格好は似合わない(爆)
玄よ、作務衣を着よ!!(゚∀゚)b