1年経つのって本当に早いです。
そんな日に奥様から故人と親しかった人達の集まりにお誘い戴き、
三田のアンチャソと2人で行ってきました。
三田のアンチャソは奥村さんの存在がなければ生まれることのなかった、
「六厘舎」辛つけの辛味と海老玉を仏前にお供えしましたヽ(´ー`)ノ
みんなで奥村さんがお元気だった頃の思い出を語り合い、本当に楽しい夜だったヽ(´∇`)ノ
写真など見せて戴いたりもしたのですが、
その中のこの一枚ヽ(´ー`)ノ

とても懐かしいエピソードを思い出しました。
それをお話します(^ー゚)b
これは新柏で自家製麺での再スタートを6日後に控え、稲毛海岸で行われたra2イベント時の写真です。
浅草開化楼の麺箱が見えるでしょう(b^ー゚)♪
自家製麺なのに何故?┐(゚〜゚)┌
実はこれにはちょっとしたワケがありました。
松戸のお店の突然の閉店から音信不通になって暫く、
知人から「奥村屋」復活の報を聞き、元気でいらしたことの喜びに居ても立ってもいられず、
店舗改造中だった新柏のご自宅に駆け付けた僕でした。
もちろん事前に自家製麺の情報も聞いていましたが、正直そんなことはどうでも良かった。
ただ元気で再び会えたことの喜びを分かち合いましたヽ(´ー`)ノ
余談ですが…、
その時に持っていったのが、2度と会えないと思っていた奥村さんに食べてもらいたくて作った麺、
後の「六厘舎」の麺(前鎖国麺。現在のじらい屋【rifle】)でした。
その麺を誉めてもらえたことが現在の僕の礎になっています。
その時、店舗再開後の再訪を約束し別れた僕に、数日後奥村さんから電話が掛かってきたんです。
『カラスくん、実は一つ言いにくいお願いがあるんだけど…』
「何ですか?なんでも言ってくださいよo(^-^)o」
『俺、自家製麺だろ?実は麺箱を持っていないんだ。
数日後にイベントが控えてて、家で打った麺を運ぶのに、当日までにどうしても必要なんだ。
ホントに悪いんだけど、良かったら何枚か分けてもらえないかな?』
「ま、マジすか。……分かりました。何とかしますよo(^-^)o」
とは答えたものの、そんなこと会社には頼めない(;-_-)
『何で自家製麺始めた野郎に麺箱くれてやらなきゃいけないんだよ?!』
と言われるのがオチだから(Θ_Θ)チーン
そこで苦し紛れの妙案を閃いた(^!゚;)チーン
「奥村屋」と同じ、新柏の「麺屋 花形」の池澤店主に電話で懇願したのです。
「池澤さん、大変申し訳ないんですけど…。
お届けしてる浅草開化楼の麺箱ね、明日から毎日1箱ずつパクってもらえませんか?」
『…は、はぁ?!!!』
「実は赫々然々で(;-_-)で、5枚程蓄まったら…、
それを更に奥村屋まで運んで欲しいんです(^_^;)」
『そ…、そこまで頼みますか』
「はぁぃ(Θ_Θ)チーン」
『………わ、わかりましたよ( ;゚∀゚)ノ』
「ヽ(´ー`)ノんーでは共犯てことで。お主も悪よのぅ…」
『………(;-_-)』
「なるべく綺麗なヤツでね!ガチャ」
『 (゚д゚)ポカーン 』←きっとこんな感じではなかったかと(^_^;)
…とまぁ、そんな経緯で奥村さんの手に渡った麺箱だったのでした。
今こうして改めて見てみると、ホントに新品同様の箱だよね。
共犯の池澤さん、律儀だなぁ(ノ∀`)アチャ-
…しかし。
すっかり完全犯罪と思われた、このカラスの麺箱横領事件
(あくまで計画犯であり、実行犯は「麺屋 花形」池澤店主)←(爆)
…は、思わぬところで公のものとなったのでありました(゚o゚;)
翌年のとある朝(時効前)。
社長が僕の顔を見るなりこう言ったのだ。
『おい、カラス。昨日奥村屋がTVに出てたらしいぞ』
「ヘー(´・∀・`)マジすか」
『それと一緒にな、ウチの麺箱が映ってたっていうんだよ…』
「( ̄▽ ̄;)!!」
『…さぁ、どういう訳だか説明してもらおうか』
「(Θ_Θ)チーン」
慌てて隠れて(・_・|「ヤバいですって!」と電話したけど、所詮後の祭り_| ̄|○
奥村さん、苦笑いしてたっけ(^o^;)
今となっては最高に良い思い出ですヽ(´∇`)ノ








COMMENT
2007.06.04 Mon
麺箱の話は、あったかい話ですね。世の中も捨てたもんじゃないな。
2007.06.04 Mon
新柏ってドコ?
2007.06.05 Tue
2007.06.05 Tue
2007.06.05 Tue
2007.06.06 Wed
そうですそうです(^ー゚)b
麺箱の話、あったかいですかね?(^_^;)
僕にとっちゃ激サムでしたが━━(゚Д゚;)━━!!!
>ショーロンポーさん
新柏は柏のちょっと手前でつ(爆)
アレは何線だ?(゚o゚;)
>yaeさん
違いますよ!
池澤氏が主犯ですから(爆)
>管理者メッセージの方
分かってますよ(b^ー゚)♪
(。-_-。)ポッ