不死鳥カラスの傾奇御免!

老舗の製麺所・浅草開化楼の営業担当σ(^o^) フリープロレスラー・不死鳥カラスのラーメンブログです。

2006.01.23 Mon


ある意味、我ながらスーパーマンというか、そんな風に思ってた。
プロレスを初めて8年(目)、病院に行った回数はさほどない。

デビュー4戦目で左肘を折った。
骨を折った経験がなかったので、当日そのまま寝たところが翌日驚く程に腫れてw(@o@)w
さすがにヤバいと即ギプス(>_<)40日後の試合で復帰した。

それから危険なことは数々あったが、何れも一週間程放置していたら痛みも飛んだので病院に行く程ではない。

2度目は開化楼に入社後、後藤一派に参戦するようになってからだ。
春日部での試合で、左肩鎖関節脱臼及び靱帯断裂の重傷を負ってしまう。
試合後即救急病院に運ばれその診断、翌日改めて地元の病院に診せたのだが、
「安静にするしかない」
と言われたので ムリムリ(゜д゜)、ペッ と、以降通院は拒否した。
最初は左肩が全く上がらず難儀したが、1ヵ月目もすれば、上がるようになった。
左肩には明らかに分かる変形が残ったけれど、これはそのまま通院してても一緒らしいからね。

3度目は7月、初のキネマ倶楽部大会だ。左手首を折った。
試合は日曜で終わった後もずっと痛かったのだが、腫れがさほどでもない感じだったので、
2~3日放っておけば治るだろうと放置。それから痛みが全く取れる気配がないので、
5日後の金曜に行ったら、やっぱり折れていたというわけ(;´Д`)マジスカ?
即ギプスで毎週診せるように、と言われたが、ギプスして悪くなるモンでもなかろうと、2週目はバックれた。
無事3週目にギプス取れたからね(・∀・)=b

ここまで大きく分けて、3回捕まっているんだけど、仕事だけは休まなかったんだよね。
それだけが何だろう?家族を裏切って始めた、僕のプロレスを続ける言い訳というか。。

それが今回、潰えてしまった。
仕事が出来ない、という現実。「入院」という言葉を聞いた時、「終わった」と思った。

実際かなりの重傷で、病名で言えば、右足関節脱臼骨折ということになる。
先生からはハッキリと、スポーツ復帰は難しいだろう、と言われた。
実は僕の弟も以前、ラグビーでほぼ同じ怪我をしていて、それが現役を退いた原因になったそうだ。

ところで僕の手術は木曜に決まった。
隣のベッドのマコトくんから、おそらくプレートを入れて、ボルト固定するんだよ
と聞いていたのだが、僕の場合折れ方が複雑な為Σ(゜Д゜;エーッ!、ワイヤーで骨を束ねるんだとか。
おまけに靱帯も切れている可能性大の為、もう一ヶ所開けて、靱帯縫合の手術もするらしい。
まともな退院の目処は術後5週ヾ(・∀・;)、けれど2週くらいで無理すればとも?
即ちギプス&松葉クズシ?Σ(゜Д゜;エーッ!というわけ。
僕はこの術後2週というのを、自分なりのゴールにしている。

いま、思ってること。

プロレスラーに、引退はない。

僕は死ぬまでずっと、負死鳥カラスなんだ(*´σー`)

退院した僕が出来ることはただ一つ、いつリングに上がっても
恥ずかしくないコンディション作り。
今まで以上に、プロレスラーらしく生きたいと思ってる。

僕は会社でも「カラス」と呼ばれてて。社員でも僕の本名を知らない人もいるんじゃないか?
と思う(笑)
営業の名刺も「負死鳥カラス」だから、お客さまも自然、カラスと呼んでくれる。
だからね、
今更「〇〇某です」じゃあないでしょ?ヾ(・∀・;)

スポーツ復帰は厳しい。
そう言われても、悲観的になっていない自分がいる。
やって出来ない訳がない。
実際、そう思っているし(`・∀・´)

ただ、今回の入院で、回りの人達に掛けてしまった迷惑は計り知れないものがある。
精神的にも、金銭的にもね。
あぁ、オレがすっげぇ金持ちならこんな苦労もないのかな?(´Д⊂ヽ
なんて思ったり(笑)
笑い事ではなくて、僕がSTOPするってことは致命的なんだなって。
実感した。

こんな状況、2度あっちゃいけない。
そう思う。

でも、僕自身は前述したように思ってる。
決して自分ではGO!かけれないけど。
それでも僕は、一生プロレスラーだ。
いつまでも、負死鳥カラスのまんまだ。

これで復帰したら、

不死鳥カラスになっちゃうしね(笑)
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COMMENT

2006.01.23 Mon

FROM: マンボウ
中々どんな言葉をかけていいのか見つからず、コメントも出来ずにいたのですが・・・・。

健康優良児を自負していた自分が、6年前のある日突然「寝返りを打つだけで息切れが止まらない」状況になり・・・・下された診断は「拡張型心筋症」
医師に「原因はなんですか?」と訊ねたところ、「原因を調べているうちに止まるから、まずは動かしましょう!」と真顔で言われた。

それからはナースセンターの真ん前の部屋でただただ、じっとしているだけの生活。

その時にベッドの中でそれこそ色んな事を考えた・・・

幸いにも「完全に回復」したのだが、その後の人生観もそれ以降大きく変わった。

一言で言えば、「自分は何をやりたいか?」「何が幸せか?」を考える機会ができたことが大きかったと思う・・・・

入院中ヘコムのは当然ですが、突っ走るだけじゃなく、考える時間も人生には必要だったんだ・・・・入院も意義のあることだったんだ・・と今になってあらためて感じる事があります。

なんの励ましにもなってませんが『有意義な入院生活』を送っていただければと思いますm(_ _)m
長文失礼しました・・・・・
DATE:  2006-01-23 20:46  *edit 

2006.01.23 Mon

FROM: 清原
辛い状況かと思いますが、是非不死鳥のごとく復活して下さいm(__)m次なる飛躍(麺魂!)が楽しみです。わらじを一つ脱いだカラスさんは凄そうです。グゥの音も出ないような突き抜けた物が出来るようラヲタとして願ってますm(__)m
DATE:  2006-01-23 22:54  *edit 

2006.01.24 Tue

FROM: ミゾベー
おお、大丈夫ですか・・て、大丈夫じゃないから入院しているんですよね・・早く、よくなって、個人的にはリングに復帰して欲しい気もします。でも、体の事も考えると・・ううーん・・
DATE:  2006-01-24 00:17  *edit 

2006.01.24 Tue

FROM: 奥村屋
マンボウさんは松戸の頃、まだ奥村屋が有名になる前に
首にギブス近を着け、近くの病院からラーメンを食べに来てくれた。
色々と話が出来る程、暇な店だった。懐かしいです。

私も2年前に余命半年の告知を受け、挫折しました。
しかしこうして生きている、仕事もしている。
決して奇跡では無い。、生きなければ!、死ぬ訳にはいかない!
精神力です。1年半年の闘病生活は、マンボウさんも言われる様に
生きている事が、元気な事が幸せで素晴らしいのです。

カァカァ泣くなカラス!「仕事が出来ない、入院、終わった」等と   泣くな!。怪我をしてしまったのだからしょうがないだろー      家族の為に、自分が元気を出して早く治る事が1番大事です。
36歳、これは試練です。

私が癌と戦っていた時、いつも心にあった座右の名は

 「神は、試練を越えられない者に試練は与えない」
DATE:  2006-01-24 03:08  *edit 

2006.01.24 Tue

FROM: お好み焼き
大丈夫ですか?久しぶりにブログを開いてみたら、まさか入院しているなんて。。

必ずよくなると信じています。がんばってください。
DATE:  2006-01-24 14:06  *edit 
Skin:Babyish